A-yoshiki'sブログ

~言葉の種まき~

悩んでいるときこそ書いてみます。そりゃ~

なるほどなぁ~

この1か月、全然ブログを書く気分ではなかったのですが、イケダさんのこんな記事を読んだので書いてみます。

http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/28532

 

最近は、仕事のことで悩んでいて、結論から言うと辞めたいのです。

でも辞められないのかなぁ~という思いもあって、生殺しの状態。

 

悩んでいるうちに、自分の今までの人生を振り返るようになりました。

今までの人生で、本当に自分のやりたいことを夢中でやってきたことがあったのだろうか?と。

で、一つ一つ掘り下げていくと、驚くほど、ない、のです。そういうことが。

ほとんどが、親や周りの人間の影響で流されてやっていたこと。

例)

1 小さい頃、私は野球が嫌いでした。でも、近くに住む従兄が野球が好きで毎日壁にボールを当てていて、従兄と一緒に遊びたい私は仕方ないから自分もマネしてやっていました。すると、やっているうちに上手くなって、「上手いから野球やった方がいいよ。」と周りの人に言われ学童の野球部に入部します。結局、良い成績は収めたのだけど、どこか熱中できずに冷めている自分がいました。

2 中学の頃、私は勉強が嫌いでした。でも、親や祖母が口うるさく「勉強しろ」と言うので、仕方ないから塾にも行って一通りやっていました。すると、やっているうちに上位の成績になって、地元の進学校に進学します。結局、良い成績は収めたのだけど、どこか熱中できずに冷めている自分がいました。

3 高校の頃、私は塾が嫌いでした。でも、親は辞めさせてくれないし、サボる勇気もないので仕方なく通っていました。すると、通っているうちに自分がそれほど頭がよくないことに気づきます。結局、身の程の大学を受験して、浪人はしないですんだのだけど、どこか自分に対しても冷めきっている自分がいました。

4 大学の頃、私は集団が嫌いでした。でも、友達からは誘われるし、一人でいても特にやりたいことがあるわけではないので、仕方なく集団の中にいました。すると、その集団の中にいることに慣れてきて居心地よく感じます。結局、トモダチはたくさんできたけれど、親友と呼べる人間はいませんでした。

5 現在、私は職場が嫌いです。でも、妻も子供もいるし、特に他に目当ての仕事があるわけでもないので仕方なく働いています。すると、目的を持って仕事をしようとすればするほど消耗するので何も考えないほうがストレスなく働けることに気づきます。結局、仕事は無難にこなすけれど、ハマっていない自分がいます。

 

今、自分の生き方を見直すべきだと思っています。

「進学のために」とか「評価されるために」とか「家族のために」とか、その他もろもろの〇〇のために何かをするのではなくて、ただひたすらそのこと自体のために自分を研ぎ澄ました生き方ができないものかと考えています。

大学時代、自転車で東北地方を一周しました。日本海側から大間崎に行って太平洋側を帰ってきました。テントを持って単独行。

私はこの旅で自分が変われると思っていました。でも大間崎を折り返してもゴールに近づいてきても何も変わった感じがしない。

そんな自分に焦っていたときに、緑の絨毯のような麦畑に風が通ったのです。

麦の穂に風が形を表して過ぎていきました。

その光景を見ていた私はなぜか閃きました。

”自分が変わるため” → ”自転車をこぐ” ではなくて、

”自転車をこぐため” → ”自転車をこぐ” でいいのではないか? と。

もっとシンプルで、もっとひたむきで良いのではないか? と。

 

今、そんなこと思い出しながら、もっと目的と行動が直結した生き方ができないものかと考えています。

ひょっとしたら「考えています」の時点でダメなのかも。「行動しています」でないと。

考えずに動け!!ただ動くだけのために。