A-yoshiki'sブログ

~言葉の種まき~

ごちゃまぜのねこまんま なんでもまぜる 食べるのだれ?

なんでもかんでも一緒くたにして混ぜるの好きな人たちに困っています。

 

先日、あるイベントの事前会議にて、

そこで実施する予定の「ベーゴマコーナー」についての議論がごちゃまぜでした。

 

昨年のベーゴマコーナーで、子供が投げたベーゴマが近くの大人の足に当たった、

という報告から、ベーゴマではなくメンコに変更する議論をしていた際に、

一人の委員から、

「なんでもかんでも危ないと言っていたら、何もできなくなってしまう。」

という意見が・・・それに続くように次々と賛同者。

ちょっと予想していた展開。

結局、昨年と同じようにベーゴマを実施することで決まりました。

 

わかります?

この議論の単純化。

まず、この議論で話題になっていたのは、ベーゴマ(鉛製)をやったことがない子供が回りに人がいるとこでベーゴマを回そうと投げつけることの危険性です。

「なんでもかんでも危ない」なんて誰も一言も言っていない。

だって、「メンコに変えよう」という議論だったし。

 

ねこまんま並の安っぽさとごちゃまぜ感。

議論の結果ではなく、プロセスのこと。

 

似たような議論はほかにもありました。

「障害者専用駐車場」の使い方について、

スペースが限定されているので、特に視覚障害者に配慮した使い方が提案されていた会議で、やはり一人の委員から、

「障害者はみんな同じなのだから、障害の種類で差別するのはおかしい。」との意見。

私は思わずカッとなって、

「障害者はみんな同じではありません。一人ひとり違います。」

と言っていました。その委員も顔を真っ赤にして怒っていました。

 

私の感覚では、特に「福祉」などの分野でこの手の議論が多いです。

 

「差別はいけない。」とか「みんな同じ。」などの意見の背景に、かなり強引な議論のごちゃまぜがあったりします。

 

もう一つ福祉関係の事例。

 

中学生ボランティアにお昼のお弁当を用意するかどうかの議論の時、

「半日参加のボランティアには飲み物のみで、丸一日のボランティアにはお弁当も用意する。」となったときに・・・、出ました、ごちゃまぜ意見。

 

「同じ中学生なのに片方にお弁当を出して、もう片方に出さないのは差別だ。」と。

 

で、結局全員にお弁当を出すことに決まりました。

 

いや、全然出してもいいと思いますよ。全員にお弁当・・・

でも、何で半日の生徒に出さないことが”差別”なんですか?

同じじゃないから。

片方は半日だし、もう片方は1日だから。単純に活動時間が違うじゃん。

 

なんか議論の中身が途中ですり替わっているんですよね。

 

戦前もしくは戦時中に、戦争に反対する意見に対して、

「天皇に刃向うのか?」とか「これは勅命ですよ」とか言って、戦争の話を天皇の話にすり替えたように・・・

 

そんなチープでダラシナイごちゃまぜ議論は、猫も食いません。