A-yoshiki'sブログ

~言葉の種まき~

「マジメに働く」ということばが嫌いです。

学生のころ、休学してヒッチハイクをしていました。

乗せてくれた老夫婦のおばあさんに説教されました。

「若いのに他人の車にタダで乗せてもらうようなダラシナイことしてないで、マジメに学校に行って、マジメに働きなさい。」って。

なんか無性に腹が立って、車から降ろしてもらいました。

でも、その時、黙って聞いてたおじいさんのちょっと悲しそうな顔が忘れられない。

私の気持ちを察してくれているような深い表情。

結局、「マジメに働け」って、「ガマンして働け」ってことだった

親にも同じこと言われていました。「マジメに働け」って。

いわく、「自分の好きなことをして食ってはいけない。やりたくなくても、なるべく安定した職について、マジメに仕事をしなさい。」と。

結局あれでしょ。

やりたいとかやりたくないとかは考えずに、レールの上で、ガマンして働けってことでしょ。

実際、私の父は、労働運動とか、学生運動とか大嫌いです。男は会社や社会の中で従順に生きるものだと思っています。それに逆らうのは悪。ちなみに熱烈な自民党と巨人軍の支持者です。

たぶん段階の世代の方は、父のような考え方の人は少なくないと思います。

高度経済成長の流れに中で、システマチックに、一生懸命働いてきた人たちが反体制的なことに反発を覚えるのはなんとなく理解できます。

でも正直、それって私たち(76世代)とかそれ以下の世代って、違和感があるんですよね。

「マジメに働く」っていう感覚が薄い。または、ない。

ってか、自分らに「マジメに働け」っていう世代がマジメに働いているように見えないんですよね。「だた言われたこととか盲目的にやってきただけじゃね?」って思っちゃたりする。

コンビニの冷蔵庫に入る若者たちとって、それは「遊び」

最近ニュースになっているコンビニの冷蔵庫に入って、写真を撮っちゃう若者たちにもたぶん「マジメに働く」という感覚はないのでしょう。

でも私は、このことを必ずしも悪い傾向だとは思っていません。

なんか、かれらの「遊び」と「働く」を結びつけるような感覚にちょっとした希望のようなものも感じてしまいます。

だって、衛生面のこととかあの中にあるものが売り物であることなどを抜きにすれば、あの冷蔵庫に横になってしまう感覚ってけっこう斬新で、遊び心に溢れていると思いません?

最初見て、ちょっと吹いてしまった人も多いのでは?

いままでの「マジメに働く」という感覚は、管理社会の中では通用したかもしれませんが、これからの変化の時代には通用しない。それでも彼らを管理したがる社会は、このニュースを「働く意識の低下」とか「倫理観の欠如」と簡単にとらえるでしょう。

本当はそんなのとっくの昔に死んでるんだけどね。

ただごまかしてただけじゃん。

年長者は隠れてこっそりやる。若者はオープンにやる。その違いでしょ。

裏で食品の産地を偽装してるのも賞味期限を偽装してるのも若者ではない。

「働く」ってどういうことなの?

もう一度立ち止まって、「働く」ということについて考えたい。

今回の若者の行動は、そんな問いを投げかけてくれているようにも感じます。

「マジメに働く」ということばで、価値観を単純化してしまうでははくて、「働く」ことに対するそれぞれの姿勢や考えかたを尊重できたらいいなあと思います。

「働かざる者、食うべからず」はもう古い。

「働かざる者、悔いるべからず」の方が私の感覚にあっています。

働かない人が攻められることも負い目を感じることなく、また働きたい人はじゃんじゃん働いて生きがいを感じている。

こんな社会がいいなあ。

「マジメに働く」という呪縛から社会を解放したい。

 

あの時、「マジメに働きなさい」と説教されている私に、憂いの表情を見せてくれたおじいさんも感じていたのかなあ、その偽善やウソを。