A-yoshiki'sブログ

~言葉の種まき~

「好きなこと」を見つけるプロセスを楽しむ

 一流になるような人は、本当に自分の好きなことに打ち込んで頂点に向かいます。しかし、私も含め、人生をかけてやりたことや心から好きなことが持てない人がほとんどではないでしょうか。

 実は最近私はそのことで悩んでいました。「私のやりたいことはいったいなんなのだとう?」と。仕事のことも含め、考えてもなかなか答えがでません。でも、今日一つひらめきましたのでブログに書きます。

「自分が本当にやりたいことを見つける」このことが目標でもよい。

 私はいままで焦っていました。プロゲーマーの梅原大吾さんやプロブロガーのイケダハヤトさんの本を読んで、その生き方と自分を照らし合わせるといかにも自分は情けないじゃあないか、と思っていました。一番の違いは、「やりたいことや目指すところが明確であり、けっしてぶれない。」という点です。

 「ないなあ、自分には。」という劣等感にも似た感情。そして「どうすれば見つかるのか」という焦り。他人との比較してばかりいてもダメですが、やはり他人が気づかせてくれる部分もあります。ここ数か月間はそこで気づいた自分にないものについて自分の中に問うていました。

 でも今日、梅原さんの文章を読み返して気づいたことがあります。それは勝負の世界にいる彼が勝ちや負けにこだわっていないことです。彼はゲームを楽しみ、成長する過程、チャレンジを続けることにこだわっています。これはイケダさんにも通じる部分があります。彼もブロガーですが、フォロワーを増やすことが目的ではなくて、書くこと自体が好きで自分自身を発信し続けることが目的のようです。

 一方悩んでいた私は、結果ばかりにこだわっている勝負師のようなものです。あるいは、フォローされることにこだわってどんな記事を書けばよいか迷っているブロガー。

 これではダメです。負けることが怖くて前に進めません。最善の結果を求めすぎて、広い海で遭難してしまいます。

 気づきました。

 「やりたいことや好きなことは何か?」の答えを出すことにこだわるのではなく、それを見つけることにチャレンジし続けることにこだわればいいのです。そしてその過程を楽しめばいい。

 それは人生の宝さがしのようにとてもワクワクすることのはず。人生を掛ける価値は十分にありそうです。人生のすべての時間をかけて探してもずーっと見つからないかしれない。でも、たとえば人生の最後の日に、「これだ!!」と見つかるのであれば、それは素晴らしい人生だと思います。

そのためにすべての階段を登る

 梅原さんいわく「ゲームに関してはほとんどすべての階段を登ってきたので、何度も間違った階段を登った。その階段の先が成功につながっていない間違った階段だ。しかし、間違った階段を登ったことに気がついたら、スタート地点まで引き返して、もう一度違う階段を登ればいいだけの話である。一番良くないのは、どの階段を登ればいいか迷っている状態が延々と続くことだ。」

 

 自分のインスピレーションや他人からのアドバイスや本やインターネット、すべてのものを総動員して、自分の人生をかけてもやりたいと思えるようなことを探しに行けばいい。3日坊主でもいいじゃないか、またスタート地点に戻ればいい。むしろ何回スタートを切れたかが大切。

 明日からは人生の宝物探しです。