A-yoshiki'sブログ

~言葉の種まき~

核兵器廃絶の共同声明、日本不参加に憂う

 とてもショックなニュースだったので記事にしてみます。

 まず、この共同声明は、核兵器の非人道性を批判し、核兵器廃絶を求める内容のものです。

  そして日本は、その共同声明に参加をしなかった。

 非核三原則を謳う日本がなぜ不参加なんですか?

共同声明不参加に対する政府の見解

 共同声明にある「いかなる状況下でも核兵器を使用することは人類の生存そのものの利益に反する」という部分が、アメリカとの安保に反するからだそうです。

 つまり、アメリカの核の傘で日本は守られているのに、この共同声明に参加すると矛盾するからだそうです。(日本はその箇所の削除を求めたが削除されなかった)

私が理解できないポイント

その1 なぜ、日本は「いかなる状況下でも核兵器を使用することは人類の生存そのものの利益に反する」の部分の削除を求めるのか?

 ご存じのとおり、この国には2個の原子爆弾が落ちています。その時の惨劇を繰り返さないためにはむしろ「いかなる状況下でも…」の項目は必須なはずです。例外があっては核兵器の使用を正当化させてしまうからです。現にアメリカ側は、日本への原爆の使用について「幾千人かの白人の軍隊を犠牲にしないため」と述べてその使用を正当化しています。

 もう一度いいますが、「いかなる状況下でも…」の項目はむしろ必須で、これがなければこの共同声明は骨抜きです。

 この部分を削除したがる国があるとすれば、それは本来、大量に核兵器を保有するアメリカとか中国などでしょう。(両国ともこの声明に不参加)

 日本は核兵器を所有していないのに、なぜ? 原爆落とされてるのに、なぜ?

その2 アメリカの核の傘ってありなんですか? 日本人として。

 つまり、日本を守るため、という理由に、日本を攻撃する他国(北朝鮮でもどこの国でも)に対してアメリカが核兵器を使用することは、いいんですか?OKなんですか?

 私は絶対イヤですね。たとえ核爆弾によって、私や妻や子供の命が奪われようとも、自分たちの命や国を守るために他国に第2、第3のヒロシマナガサキが生まれるのは絶対にイヤです。他国に核爆弾を落として守られた自分の命なんてハナクソです。私たちは核兵器が使用されることの悲惨さを学んできたはずです。

その3 アメリカが日本に核爆弾を落としたことは忘れてしまったんですか?

 過去にこだわり過ぎることは、前進の妨げになることもありますが、それでもこれはあまりにも無神経ではないですか?

 だってこれは、アメリカの核兵器保有を黙認するどころか、日本の国防上アメリカの核兵器が重要だと言っているのです。だから共同声明に参加できないと。広島・長崎に落とされているんですよ、日本は。

 原爆が投下されてから70年弱。

 そこで失われた命は、もう忘れられてしまったのでしょうか・・・

日本は、核兵器廃絶に向けてイニシアティブをとるべき!!

 日本が核兵器廃絶を訴えなくてどの国が訴えるんですか。

 核兵器の痛みを知っている国は日本しかありません。

 そこで起きたことについて丁寧に伝えていけば、多くの国が核兵器廃絶に賛同してくれるはずです。

 これはこの国にしかできない責務と考えます。

最後にもう一つ気になる点が・・・

 このことに関する新聞の取り扱いがとても小さいことです。絶対に一面記事だろうと思っていたのですが・・・

 読売新聞(H25.4.26発行)では、2面の中ほどに見出しも小さく掲載されています。記事の量も他の記事と比べると少な目です。

 ちなみに1面記事は

 「テロ対策研修センター アルジェリア訓練 企業と情報共有」の記事です。

 明らかに、記事の重要度が逆だと思うのですが、みなさまはどのように感じますか?